言語とジェンダー(金曜1限)
2007/01/12
DICOM M1 土井やすこ
Hadumod Bußmann & Marlis Hellinger
1. Introduction
<ドイツ語の特徴>
・4つの格(主格・属格・与格・対格)
・3つの文法的性(女性・男性・中性)
・2つの数(単数・複数)
・定型動詞の位置(主節で2番目・従属節で最後)
2. 性の分類
2.1 文法的性
ドイツ語の名詞は、3つの性(女性・男性・中性)のうちの1つに属す。
例外)Barock, Bonbon, Dotter, Joghurt, Virus, Zblibat … 中性・男性どちらでもよい。
Salbei, Sallerie, Butter … 男性・女性どちらでもよい。
性の分類は、名詞のみに関わるものではなく、本来、冠詞や人称代名詞によって明白に表現される。
(Table 1)複数形では、これらの冠詞・人称代名詞に性の区別はない。
2.1.1 性の特定
約90%のドイツ語の単音節名詞は、形態音韻的基準によって性の区別が可能。しかし、その規則性はかなり複雑であるため、ほとんど言語習得を促進するものではあり得ない。 (Köpcke 1982, Köpcke & Zubin 1983, Eisenberg 1999:148-156)
単語形成は、文法的性を予測するのにより確実である。(200以上の接辞が名詞の性を区別するための指標となる)
(1)-heit, -keit, -schaft, -ung, -inは女性形
(2)-erで終わる動詞からの派生名詞は男性形
(3)-chen, -leinで終わる縮小を表す名詞(指小辞)は中性形
(4)性の区別は形態論的と語彙意味論的基準の混合で予測することもできる。したがって、曜日・月・季節・山の名前などは文法的に男性形になる。
(5)数詞・船や飛行機の名前・花や木の名前のほとんどは女性形。
(6)色・金属・町・国は中性形
(7)例外:名詞化された形容詞は、対象の性別により3つのどれも可能。
2.1.2 一致
(8)文法的性を持つ言語の典型として、ドイツ語の名詞句の要素(限定詞・形容詞・代名詞)だけでなく、名詞句以外の要素(前方照応代名詞)は名詞に一致する。
名詞の文法的性によって対応する語尾変化の形が決定される。[-animate][+human]のような名詞の語彙特性は一致には原則として無関係。
(Table 2)女性の特性・男性の特性・性の無区別に描写されるような人間に関する名詞は、意味的一致は形式一致に覆される。
(9)イタリア語・フランス語とは異なり、ドイツ語の代名詞形は複数形で男女の区別をしない。
(10)一致に反する事例としては、女性形を受けた「総称的」男性名詞に見られる。
2.2 語彙的性
語彙的な特性は、名詞の意味に反映されている非言語学的な男性・女性の特性に表れる。
(11)女性形・男性形の単語
典型として、親類を表す単語・呼称・一般的な人称名詞の一部において名詞の文法的性と語彙的性が一致する。
反例 |
文法的性 |
語彙特性 |
Mädchen “girl” |
中性 |
女性 |
Männchen “little man” |
中性 |
男性 |
(12)3つの文法的性には、女性とも男性とも解釈可能な性不定(gender-indefinite)の名詞がある。文脈と文化的・社会的知識によって、どちらの性が対象となるのかを明らかにする。
例) ・Mitglied des Deutschen Ärztinnenbundes
“member of the German association of (female) physicians”
・Vergewaltigungsopfer “rape victim”
⇒ 女性と判断
・grüne Parteimitglieder “members of the Greens party”
⇒ 男性とも女性とも解釈可能
・Oberhaupt “head” →社会的性を反映
・Familienoberhaupt “head of the family,
breadwinner”
・Staatsoberhaupt “head of state, president”
⇒ 男性として判断
・Oberhaupt der Katholischen Kirche “head of the Catholic Church”
⇒ 男性としての解釈のみ
(13)文法的性と語彙的特性の一致によるズレは否定的な、特に性的意味を含むことがある。(多くが時代遅れで、非形式的・比喩的なものである)
2.3 社会的性
社会的性は、女性もしくは男性の特徴・行動・役割の社会的・文化的典型を反映する非言語学的な分類である。
cf)英語で文脈上男女が不明確なときは、
he = lawyer, physician, scientistを受けて用いられる。
she = secretary, nurse, school teacherを受けて用いられる。
ドイツ語では男性形を用いてjeder Arzt(m) “every doctor”やalle Steuerzahler(m) “all taxpayers”と言うと男女を含む。
(14)病院・事務所・大学などのロケーションでは、社会的性は非対称的な表現で用いられる。
社会的性は、男女どちらが適正かという典型的な前提と関連している。この前提とズレが生じるときは、weiblicher Pilot “female pilot”やmännliche Krankenschwester “male nurse”など、形式的なマーク(formal markings)を要する。
3. ドイツ語における女性・男性の参照
3.1 対象となる性の詳細
3.1.1 文法的手段
英語とは異なり、ドイツ語は対象となる性を明白にするために、文法的性を用いる。
(15)形容詞 krank “sick”や動詞の現在分詞reisend “traveling”/過去分詞obordnen “delegate”から派生された単数形の人称名詞は性別が男性か女性かに基づいて変化する。
冠詞やその他の限定詞は複数形で文法的性を区別しないため(die Kranken, die Reisenden, die Abgeordneten)、複数形では、その他の手段(例えば、形容詞の修飾weiblich/männlich)などによって区別される。
不定代名詞(jed- “each, every”, kein- “no”, jemand “someone”, niemand “no one”)はdifferential genderを持つ。
(16)(f) keine/jede、(m) keiner/jeder、(n) keines/jedesでは、文法的性が語尾変化し、対象の性を特定するために用いられる。
(17)niemand/jemandは文法的性の区別はないが、多様な代名詞形により明らかになる。
a. der : 関係代名詞(男性形)
b. ihr : 所有代名詞(女性形)
3.1.2 語彙的手段
<形容詞の修飾>
weibliche Beschäftigte “female employees”/männliche Beschäftigte “male employees”のように、weiblich/männlichが名詞の文法的性に関わらず、対象の性を明らかにするのに用いられる。
<複合(名詞) compounding>
ドイツ語では、-mann “-man”(あるいは-herr)や-frau “-woman”(ごく少数で-herrin)を伴う職業名詞や役職名がある。
(19)mannを付随すると、高い社会的地位(Staatsmann “statesman”)や典型的な男性の職業(Feuerwehrmann “firefighter”)を示す。
ドイツ語では、接辞ではなく-frauで女性を表す傾向がある。
3.1.3 形態的手段:派生
ドイツ語には、名詞・動詞・形容詞の語幹からanimate/personal名詞を派生する接辞が多い。(Fleischer & Barz 1995)
<これらの接辞の2つの機能>
a.(20)統語的に、文法的性と同様に名詞などの単語の分類(word class membership)を決定する。
b.(21)名詞の性を特定するための接辞がある。(女性を示す -inなど)
(22)男性を示す接辞としては、-er/-ler/-nerなどがある。
(23)その他の接辞(-ling/-ant/-ent/-eur/-ist/-or)
(24)女性を表す接辞としてはほとんど-inが使われており、男性形からの派生であることが多い。
(25)女性を表す接辞はドイツ語では少なく、そのほとんどがフランス語からの借用である。ただし、これらの接辞はどれも-inと同等ではない。-inは男性名詞に対応する女性名詞を示すが、etteやeuseは一般にネガティブな意を含む。
3.2 対象の性の中性化
<中性化>
中性化には「語彙的」中性化と「統語的」中性化がある。前者は両性の名詞を含む。
(26)文法的性に関わらず、性不定の語彙的名詞
後者は、名詞化された形容詞・分詞の複数形の使用に見られる。(die Alten “the elderly”, die Studieren “the students”など)
これらの名詞は、対象となる性が不適切な文脈で使われる。
<女性化>
女性特有の女性名詞と男性形の語彙要素の等位配列は、女性化の事例である。
(27)und “and”やoder “or”あるいはbeziehungsweise(bzw.) “respectively”などを用いて並列する。
(28)併記する手間を省き、より短くする方法
いわゆる「大文字I("capital I)」の使用には反対意見もある。最も多いのは、大文字Iが正書法に反し、大文字Iを含む単語は発音できないという意見である。現在では、書き言葉において左翼やフェミニスト的文章以外のところでも使われている。
(29)(30)文法的性の形態変化の必要性(つまり格変化)から省略形を用いない。
(31)(32)性不定の名詞に形容詞を2つ(男性の/女性の)付けて性を明示する。
原則的には、複数形では語彙特性を持たないので男女の区別は不必要であるが、特に名詞が男性として解釈されやすいとき(社会的性)男女両性について言及するため形容詞が使われる。
3.3 対象の性による抽象化
(33)主に男性形名詞を抽象化することで、男女の区別をなくす。(方法としては、中性名詞化・複数形化)
(34)これらの表現は必ずしも「人」を指すわけではない。
3.4 有標の女性形と「総称的」男性
女性形の名詞は男性形からの派生という形で表現され、したがって、有標で二次的なものである。男性が中心となる職業が多かったという歴史的背景の影響があるが、女性の領域から発生した地位の低い職業名詞(Krankenschwester “nurse”, Hebamme “midwife”, Putzfrau “cleaning woman”)もある。
これらの単語は、男性が介入し始めるとすぐさま中性的な男性形が作られた。(Krankenpfleger “male nurse”)これは、男性の方が高い地位にあり、女性は二次的で従属的なものであるという概念による。
(35)男性名詞を受けた男性形所有代名詞seinem “his”が女性を含む中立的な文脈で使われる。
(36)ただし、男性形のみの表現で女性を含むかどうかは読者が知っているかどうかで必ずしも明確になるわけではない。
(37)1990年以前のドイツ連邦共和国の時代に6000万の市民のうち、4500万人に選挙権があり、大多数が女性であった。
(38)複数形のTürken(m)が結婚っすると、homosexualという意味を含むことがある。
(39)文中のFrauen(f・pl)の使用によって前出の名詞が男性であることを明確にする。
(40)男性に特有の属性を示す持物(Krawatte “tie”, Bart “beard”, Anzug “suit”)などを用いて対象が男性であることを示す。
(41)男性形の名詞を総称として用いるときは、修飾語を付加することもある。
(42)女性が排除される文脈の場合は、性を特定する形容詞を付ける。
有標の女性形を示すのには、2つの方法がある。
(43)1つ目としては、男性形の名詞に女性を示す形容詞を修飾する。
(44)2つ目は、女性形の名詞にさらに(原則的には不必要な)女性を示す形容詞を修飾する。
以上の例から、男性形名詞が「総称的に」男女を示すという役割を失いつつあり、より男性特有なものに傾いてきていることが伺える。
4. ドイツ語の男性名詞の総称における心理的事実
ドイツ語の男性形と女性形は様々なレベルで不均等である。
・形態的レベルでは、女性形は一般に既存の男性形から派生される。
・意味レベルでは、男性形の方が女性形よりpositiveな意味合いを持つ。
・出現レベルでは、男性形の方が女性形よりも幅広い分野で用いられ、頻度も高い。
さらに、深刻な認識の差異がある。男性形の名詞は自動的に名詞の実現に最も適切であると考えられている。しかし、ドイツ語においても、男性形で総称的に人(男女)を指すという解釈はもはや当然ではなくなっている。
・Klein(1988):男性形の「人」は、中立的な性に必ずしも直結しない。男性形・女性形ともに修飾語の付加によって同様に表現される。
・Irmen & Köhncke(1996):「総称」の男性形・男性、・女性を比較した結果、男性形の「人」
は常に総称的に解釈されるわけではないことが分かった。
・Braun & Gottburgsen & Sczesny & Stahlberg(1998):総称としての男性形の使用と比較して、男女の区別は女性に目を向けることにつながる。
・Stahlberg & Sczesny & Braun(2001):女性に焦点を当て、示唆的な意味を追加する。男性形が男性と人間という2つの意味を持ち曖昧なのに対し、女性形は常に女性だけを示すため、常に性的特色を帯びる。(cf. Schmid 1999)
5. ドイツ語における性差の見解
5.1 ディスコース:ドイツ人女性/男性の話し方
ドイツでは、性差によるコミュニケーションの研究が進められてきた。女性は男性よりも社会言語学的規範や女性らしい振舞いに敏感であるといわれていた。(Werner 1983, Schmidt 1988)
・Trömel – Plötz (1984a):スイスのテレビ討論を分析し、話す時間の長さ、介入、話題の選択などを比較。女性の方が男性より介入を受ける頻度が高いことが分かった。
しかし、Trömel – Plötz (1984b)では、女性が他の参加者に貢献しようとし、話題進展に加わっているとした。
・Grässel(1991):95種類のTVトークショーを分析し、性差に基づく会話の差は見られないとした。その他の要因として、話し手が専門家かそうでないかということが重要であると指摘。
・Wodak(1981): 性別・社会的階級・言語使用の実際の相互作用を分析。しかし、男女の典型と考えられていた予測とは裏腹に明らかな結論が導き出せなかった。(男性が女性よ りも長く話すということはなかった。)男性が女性に口出しすることは女性が男性に口出しするより多かったが、女性は自分より社会的階級の低い男女の両性に 対して介入を行った。女性は反対意見などの攻撃的な行為よりも質問を使う傾向にあり、男性が競争的なスタイルを好むのに対し、女性は口論を避けようとし た。
・Thimm(1990):親しい間柄を含む口論を分析したが、男女の差異による明らかな違いは見られなかった。
性別・年齢・社会的階級・個人的networkから離れて、特定の相互作用における話し手の役割を考慮する必要があるが、それもまた文化的文脈に取って代わるだろう。
5.2 ことわざと比喩表現
古くからのことわざや比喩表現には、伝統的に典型として考えられてきた性の役割がある。
(45)男性を主人公としたことわざは男性の支配と権威を強調している。
(46)反対に、女性はおしゃべりで信頼できないなど社会的に不快な意味で使われている。
もちろん、これらのことわざの多くは既に使われなくなっているが、以前の社会的・文化的概念を表している。
(47)比喩表現はよく使われるが、典型的に女性は感情的でおしゃべりであるとして描写され、男性はしばしば性的にover-activeな表現として使われる。
(48)男性形で用いられ、女性形はない。
6. フェミニスト的批判に対する言語計画
6.1 ドイツ語の人称名詞の分野における種類・変化
ドイツ語における女性の影響は、特に人称名詞に顕著に現れ、そのバリエーションは増加している。第一に、男性名詞の「総称性」が薄れ、ここ30年間で文法的性と対象の性の一致が進行している。
一方、女性形はその役割を拡大しつつあり、時には総称的に用いられることもある。例えばドイツのフェミニスト誌Emmaでは、Leserinnen “readers”やDemonstrantinnen “demonstrators”など女性形の表現が男性を含むという。女性形-inや-frauを使った人称は最近のドイツ語でよく見かけるようになった。男性形から派生された女性形は、男性形と少なからず同等に解釈される。
(49a)の女性形は一般的に男性形に女性を示す接辞-inを付加したものだが、(49b)はLandsmannやSteuermannのように-mannが付く、あるいはRatsherrのようにherrが付くものがfrauに代わっている。Ntruffrauの男性形は存在しない。
(50a)frauは女性を対象にする不定代名詞として使われる。
(50b)menschは男女を含む「人」の総称。
(50c)mannは男性を強調する。
(51)伝統的なmanが総称としての役割を失いつつあるため、man/frauの両方を併記する方法もある。
6.2 性の無区別使用に向けたドイツ語ガイドライン
ガイドラインは伝統的な言語使用に対して性差を無くすことを目的とし、男女がコミュニケーションレベルにおいても平等でなければならないという政治的見解を明白にした。(cf. Frank 1989)
英語のガイドライン(McGraw-Hill 1972, UNESCO 1999)では男女の平等性基準を強調する中性化を訴えているが、ドイツ語ガイドラインはより高い女性の優先性を原則としている。
・ドイツ語における文法的性の存在。
・文法的性と意味的性の一致傾向。
・女性人称名詞の派生がドイツ語の単語形成と深く関わっていること。
などが要因となっている。
「総称的」男性形を避けるため、中性化(Lehrpersonnen “teachers”などの性不定の名詞を使う)や性の区別がない複数形(Auszubildende “trainees”など)を使うことが奨励される一方、単数形では女性形は必ず用いなければならない。
ガイドラインでは正書法についても謳われている。
7. 結論
ドイツ語は文法的性と対象の性が一致する傾向にある。つまり、女性形が女性の対象を表すのに使われるようになり、男性形が中立的あるいは総称的に使われることは少なくなった。
ドイツ語の女性形を指す接辞-inは、派生が容易なこと・ネガティブな意を含まないことから女性の対象を表現するのに適している。
現在のドイツ語ガイドラインは2つの対極的見解の中間的立場にある。
・性の無区別的使用が採用されないdiscourage usage
・無区別的使用が奨励されるsole official usage
徐々に女性形の使用は積極的な支援を受けているが、このような形式的な言語の変化が話し言葉や非形式的な言葉にどのような影響を及ぼすのか疑問が残されている。